へんな音

 触れてもいないものが音を立てる。
 あれはなんという現象なんだろう。
 会社の休憩室で寝ていると、どこからともなく「カチッ」と音がすることがある。
 ボタンを押したような音。
「ミシミシッ」と鳴るのはビルが風で揺れているからだけど、「カタン」と何かが落ちたような音は一体なんだろう。
「カチャリ」ドアノブをひねった時の音も聞こえる。もちろん人の姿はない。
 寝ている時には本当によく音が聞こえる。
 起きている時よりもずっと耳がよくなっている。

 先日youtubeで「ひとり暮らしの怖い話」を聞いた。
 その人は眠っているとき、キッチンからコップを置く音が聞こえるそうだ。
 本当にそういう音が聞こえるのだろうなあと思う。
 僕が子供の頃に住んでいた家は、夜になると床を踏みしめる音が聞こえていた。
 寝所のすぐ外の廊下を、足音が行ったり来たりする。足音は夜通し鳴り続ける。
 恐がりの子供だったので、寝ている母を起こして、足音が恐いと伝えたこともある。
 まったく怖がりではない母は、音が聞こえようが聞こえまいが、どっちでも構わんだろうという態度だった。
「音がなんだって、包丁持って追っかけられるわけでなし」
 まったく豪快であった。
 謎の足音の移動は姉も知っていた。僕たちは想像をたくましくして、その正体について考える。
 けれどいつの間にか、その音は僕たちの耳にも届かなくなった。
 それは気のせいなどではなく、間違いなく鳴っている。けれどいつしか脳がノイズとして処理をはじめる。僕はそれを認識することができない。
 そんなどうでもいいことを、忘れたくないなあと思っている。

 今のマンションに住み始めてからは、祭囃子が聞こえるようになった。
 朝目覚め、ベッドの上でぼうっとしている時に、無数の笛の音がする。どこかものすごく遠いところから聞こえてくる。
 朝早くから祭を始めるわけはないし、はじめは気のせいだと思っていたけれど、祭囃子は何度も何度も聞こえてきた。
 いつもどこか遠くでぴーひゃらぴーひゃら笛を吹いている。耳を澄ませていると、やがて音は消える。
 祭の正体は四年目に分かった。
 隣家の住人が換気扇をつけると、外から小さく笛っぽい音がするという、ただそれだけのこと。
 よくある勘違いだった。
 祭はなかったし、祭囃子もなかった。
 僕の頭の中にあっただけだ。