誕生日にまつわる話

『ロボットくん』

「あんたの誕生日プレゼンツに、あたしあ高価な小銭入れを考えているんだけれどね」
 姉がおっしゃり、僕は考える。
(高価な小銭入れ……!? 高価な小銭入れっていうものはだな、僕に言わしたら、この世で最も「使わなくなる道具」のしとつだぞ! それをこの人あ僕にくれようと言うのだ、エクスペンシブな小銭入れを……)
 僕は足を組み替え、青空を見上げた。青空の代わりにカッフェーの天井のうすよごれた黄色味の強い蛍光灯があったけれど透視して僕は、青空を見上げた。よく考えてみれば、たとえ空が曇っていても、雲の向こうは青空なんだ。だから僕たちのお昼には、頭上には、常に青空があるという計算になる。心の目で見るんだ。
「いらない」
 と僕は言った。首を横に振り、Tシャツのすそをぎゅっと握りしめ、
「僕はもっと意味のないものが欲しいんだ」
 と僕は言った。
「意味のないもの?」
 と姉は眉をしかめた。姉の眉間に深い溝が刻まれた。眼がつり上がる。すさまじい眼力だった。
 小さな虫程度なら、彼女がひとにらみしただけでチリに還るだろう。それほどすさまじい眼力だった。
 虫眼鏡で太陽をのぞいたらいけません。という先生とのお約束を思い出して、姉から目をそらさなければ、僕の眼球もチリに還っていただろう。
「たとえば僕はね、アノマロカリスの化石が欲しいのだ。ルイーダの酒場の仲間がなぜか最初に持っているひのきのぼうや、がらすでできたとんぼや、そういうものが僕の誕生日にはふさわしいのだ。わかるね?」
 姉は、となりにおっちゃんこしていた姉の友人と密談を交わした。
 彼女たちは僕には聞こえない周波数で会話をする。
「わかった」と姉は言う。
「わかった」と姉の友人も言う。
 僕たちは揃ってコーヒーカップを口元に寄せひといきにすべてを飲み干してカツンッとテーブルに戻した。
 揃って三人立ち上がり、会計を済ませて外へ出た。
 喫茶店の外は駅前の通りで、やきとりのいい匂いがしていた。あまいタレの匂いもしていた。
 僕は急にさみしくなった。

 姉の友人はときどきすごくゴーストのように気配を消して、足音もさせず、気が付くと真横におり僕の顔をじっと見ていることがあって、あっ! と思った時にはもう僕に向かって右手を差し出し、手のひらに小さな青いロボットを乗せていた。
 親指くらいのメタリックなロボットで、顔も身体も足も四角くて、目はまん丸で、お腹にスパナがくっついていて、わき腹から銀色のねじまきが飛び出している。姉の友人は僕の顔を真っ向から見据えたまま、ゆっくりとロボのねじを巻き、テーブルの上にそっと乗せた。
 ロボットはギジィィィンジィィィン………………と唸り声をあげながらよたよた歩きだした。
 とても奇妙な歩き方だ。右に左に揺れながら、一歩進むごとにつんのめるようにして止まりながら、地道に少しずつ歩いていく。
 ぜんまいが切れるとロボが止まってしまうので、僕はロボットの頭をつまみあげ、ねじを巻いてテーブルに置く。するとまたギャミジィィジィィジと唸りながら歩きはじめる。
 僕はロボットの頭をつまみあげねじを巻き、手のひらの上を歩かせてみる。そしてロボットの頭をつまみあげねじを巻き、文庫本のはじからはじまで歩けるか挑戦させる。何度ためしてみても、ロボは右か左にかたよって歩き、文庫本からころりと落ちてしまう。
「情けないぞロボットくん! どうしてきみはあちこちふらふらしてしまうのか!」
 僕がしかりつけても、ロボは少しほほえんだような顔をしているだけだったが、ある時急に態度を改め、まっすぐに歩き出した。
 文庫本のはじからはじまで、よたよたよたよた、変てこな声を出しながら歩ききって、最後は派手にヘッドスライディングゴールを決めた。
 僕はほこらしい気持ちでいっぱいになった。
 それみたことか。僕のロボットくんはまっすぐ歩くことだってできるのだ。
 僕のロボットくんは20回は失敗したけど、21回目にきちんとゴールしたのだ。
 僕のロボットくんは、やればできるロボットなのだ!
 姉の友人に「ありがとう」とメッセージを送った。
「かわいいでしょう」と姉の友人から返信がきた。
「かわいいし、なかなかかっこいいところもあるよ」と送った。


鉄板焼き屋さん』

 姉と姉の友人は、ふたりとも七月生まれなので、日頃の感謝を込めて、鉄板焼き屋さんに連れてゆこうと考えた。
 お高い鉄板焼き屋さんで、スペシャルディナーコースがひとり6000円もするので、予約をするときは、僕はノミの心臓なので、どきどきした。バルサンを焚いたら僕はダニと一緒に死ぬだろう。
 馬がいる公園で待ち合わせをしていたら、遠くから姉と姉の友人が現れた。
 これからお高い鉄板焼き屋さんでコース料理を食べるというのに、姉は『キングダム』というマンガの、筋肉ムキムキの山の民が描かれたTシャツに、ステテコを履いて現れた。意味がわからない。野蛮すぎる。
 その反面姉の友人は黒いワンピースのような服を着てシックだったが、ネックレスをよく見てみると、ショートケーキやドーナツやマカロンが連なっていて、一種独特のセンスをかもしだしていた。
「きみたちはもうすこし普通のかっこうをしたらどうかね」と僕は苦言を呈した。
「いやあんたもそれ映像研には手を出すなのTシャツじゃん」と姉は言った。
 普通の服というものがよくわかっていない僕たちは鉄板焼き屋さんに向かった。

 鉄板焼き屋さんは、オレンジ色のムードのある照明がついていた。
 床は濃い色の木材で、真っ赤なソファーが鉄板を囲んでいる。
 カウンターの奥にはきらきらした酒の瓶が並んでいて、白いワイシャツに黒いエプロンをかけたひげの男性が微笑んで会釈をした。
 僕たちはソファーに座り、目の前の鉄板をじっと眺めた。
 それ以外見るものがない。
 ひげの男性が銀色の台を運んできて、僕たちの前に平たい皿を置いた。
 平たい皿にはほんのり色のついたオニオンスープがあった。
 僕たちは何度もスプーンでスープをすくって飲んだ。
 スープをスプーンですくって飲んでいる時、僕は自分が猿になったような気がした。
 不器用に道具を使い、目的を遂行する猿だ。
 ひげの男性は鉄板でジャガイモを焼き始めた。
 僕たちはそれをじっと見ていた。
 焼き上がった芋が皿に盛られた。僕たちはそれを食べた。
「いい芋だネ」
「おいしいネ」
「あたしも好きよ、芋」
 僕たちの言葉は巨大な換気扇に吸い込まれてゆき、沈黙が降り立った。
 ひげの男性が銀色の台に大きなエビを乗せて現れた。
「ししみ氏、あれ、ロブスターじゃない?」
 姉の友人は僕に密談を持ちかけた。
「わからない。でもたしかにロブスターによく似ているエビだ」
 と僕は言った。
 こうばしい磯の香りが漂って、目の前でロブスターに似たエビが焼けていった。
「このエビは」と僕はひげの男性に話しかけた。「ロブスターですか?」
 ひげの男性はエビを焼きながら、
「外国では、こういうのは全部ロブスターって呼ぶんです」と教えてくれた。
 僕は白ワインを飲んでうなずいた。
 でかいエビなんてロブスターでいいじゃないか、ということだ。
 ロブスターが皿に盛られたので食べた。
 次は牛肉とご飯を食べた。
 最後にアイスを食べた。
 僕たちは鉄板焼き屋さんを出た。
 それからコンビニでスーパーカップファミチキを買った。
 僕は家に帰り、アウシュビッツの本を読んだ。
 強制収容所の人々は、腹を空かせて、ひとかけらのパンを大事に隠し持っていた。