超次元的な愛

 姉の家の小鳥の名前は「れもん」といって、名が表している通りに、華やかな黄色の羽毛をまとったコザクラインコだ。とてもかわいらしい小さなインコ。僕は鳥が好きだ。

 鳥の好きなところ。羽毛が柔らかそうなところ。恐竜みたいなうろこのある脚。まんまるの目。つるりとしたかっこいいくちばし。そして空を飛ぶために進化させ続けてきた流線型のフォルム。とてもいい。

「ちょっと構ってて」と言い残して姉は自宅を出て行った。部屋には僕とれもんが残された。れもんはくちばしを半開きにする癖があって、あほのような顔で首をかしげて僕を見ていた。きっと、普段は見かけない僕が珍しいのだ。こいつは誰なんだろう、と思っているのだ。

 れもんは部屋の中を高速で歩きまわる。短い足でちょこまかと動きまわる。遊ぶものを探している。急に洗面所のドアの前で動きを止め、遠くからじっと僕を見つめた。真っ黒な目でこちらを見て「ジー」とネジ巻きのような声で鳴いた。それから「キョッキョッ」と甲高い声で鳴きはじめ、首を上下に動かして再びうろうろしはじめた。仲間を探しているのだろう。でも姉は出かけてしまった。そういう時のインコは、言葉や表情がなくても随分さびしそうに見える。

 僕はれもんの前にチラシを置いた。コザクラインコは巣材を羽に刺して運ぶ習性があるので、チラシを細長く噛みちぎって背中の毛に刺していった。とても集中していて、まったく無の顔をしていた。

 仰向けに寝転がって鳥が紙を噛む音を聞いていた。しばらくするとTシャツの脇腹のあたりをつんつんと引っ張る感触がある。れもんがくちばしと両脚を器用に使って脇腹をよじのぼってくる。インコの顎力は凄まじく、全体重を楽に支えられるほどだ。なんの訓練も受けずにロッククライミングができる。人間とは違う。

 腹の真ん中に立ったれもんは、はかないほど軽かった。腹の上で一度ぶわっと膨らんで、首をぶるぶると振るった。「腹のぼり鳥」と呟くと、れもんが鋭く僕を見つめた。うれしくなった。「お腹はあったかいだろう」と話しかけると、ゆっくりと胸の方に向かって歩いてくる。くちばしは半開きで、とても不思議そうな顔をして僕の口を凝視している。きっと、音が出るものに興味があるんだろう。胸の上の鳥は何をしでかすか分からず少し恐ろしい。子供と同じである。「あんまり顔に近づいてくるとこわいよ」と言うと、れもんは更に近づいてきて、くちばしの先端を僕の唇に押し当てた。

 その時僕は愛を知った。鳥と人間は何もかも違う生き物だ。習性が違う。思想が違う。コミュニケーションが違う。生き方が違う。文化が違う。形が違う。種族が違う。何もかも違うもの同士だ。しかし、どんなに違っていても愛はきっとある。好きだとか嫌いだとかを超越した絶対的な肯定感。全存在に対する全肯定。僕がここに存在すること、れもんがそこに存在していることの完璧な証明。超次元的な愛。

 れもんはしばらくくちばしを押し付けてきた。なぜくちばしを押し付けてくるのか実際には分からないので、だんだん不安になってきて「何してるの?」と聞くと、れもんは大きな声で「ビキャ」と叫んだ。怒っているような声だ。「ちょっと離れようね」と言っても聞いてくれるはずがなく、首の周りにへばりついて唇を甘噛みしたりつついてきたりして大変くすぐったい。ふわふわの毛があごや首に当たってとても耐えられるものではない。顔をそむけても執拗に口を追いかけてくる。小鳥と言えど執念を向けられると恐怖を感じるもの。「やめてくれー!」と叫んで立ち上がり、れもんの体をそっとつかんで引き剥がそうとしたら指を思いきり噛まれる。針で突き刺されたようだ。くちばしは純粋に武器にもなるんだ。れもんは絶叫しながらTシャツの首元から中に潜り込もうとしてくるので僕も絶叫しながらTシャツを脱ごうとしていたらドアを開けて姉が帰宅した。

 姉は「なつかれたねえ」と言いながら冷蔵庫の横にスーパーの袋を置いた。「れもんはヤンデレだからなあ」

 超次元的な愛についての話である。