ありがとうのきもち

 そして仕事から帰り、ゲームも済んでいることだし、好きなだけ絵も描いたのだし、映画でも見ようかなと、アマゾンプライムビデオでインド映画を一本見ました。それからお風呂に入って、視界がぐるぐると回転するほど温まった後は、バスタオルで体を拭いて冷蔵庫からスポーツドリンクを出して飲みました。それから夜の静けさの染み入ったひんやりとした空気を吸い込むと、嗚呼この世界はなんて静謐で穏やかなんだろうかと、ぼんやりと心地よい気色に包まれ、心がどんどんうすら軽くなり、それは天にのぼってゆくようでした。天にのぼってゆく軽いものは、それは持ち重りがいたしませんので、つまりは両手がフリーになって自由なので、ではここらでひとつマイ・ライフの片翼を担ってきたいわゆる執筆などをして楽しもうかと思いパソコンの電源を入にして椅子に座し、OSがこつこつと言いながら立ち上がってくるのを閉眼して濛濛と待ち呆けていますと、画面がぱっと明るくなってパスワードを入します。そこまでは尋常いつも通りでございましたがインターネット・ブラウザを起動しはてなブログのマイページにつないだ時には異常事態がひとつ立ち現れましてみなさまにご報告いたします。パナソニック賞を頂きました。

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 くだくだしく書きましたけれども、パナソニック株式会社の担当者様、はてな編集部様、貴重な賞をいただきまして、ありがとうございました。大変嬉しく思っております。
 と、冷静を装ってこれをしたためているのですけれども、最初に自らの名が画面に表示されているのを見たときには刮目して画面に顔を近づけて「ウッ」とうめいてしまうくらい驚きました。うめいたのち尻がわなわなとなり落ち着きを喪失し立ち上がって部屋の中をしかめっ面でうろうろし、腕を組んだり頭をかいたり、まばたきをたくさんしたりぬいぐるみを抱いたりしてしまいました。それもこれも良い経験でございました。人は不幸に耐えるより突然の幸福を受け入れる方が勇気が要る、と下妻物語で誰かが話していた気がしますが、それをなんとなく思い出しました。しばらく蛙のぬいぐるみを撫でているうちに心がフラットになった向きを感じ取りまして、一息ついてじんわり幸福である、身に余る栄誉であると、これもまたハイとローのゆりかごの中の自我、度し難く思っております。そのうち、もくもく考える意味がないぞと気が付き、嬉しいものは嬉しい、それでいいではないかと結論いたしました。嬉しいです。
 嬉しいときにはお礼を言ってもいいのだということを僕は人生で学んできましたので、ここでまずひとつお礼を言いたい人がいるのですけれども、それは見てる人さんに対してで、もう5,6年ほどになりましょうか、ずっと見ていてくれている人が、いると思うんです。その方の顔を見たこともないし声も聞いたことがないけれど言葉を頂いて僕(ししみ)はここにいることが出来た、と思うんです。5,6年前に僕が書いた言葉を、見てる人さんが見てくださって言葉をくださって、だから僕は書き続けられたんだ、と書いてしまうとあまりに安易ですが、書き手(ししみや、今はもう使われなくなったいくつかの名前の僕)が延命されたことはやはり確かだと思うんです。なぜかといえば、僕もまた顔や声を出さず言葉だけをWEBに散りばめてきたから、それがきちんと存在するためには見てくれている人が不可欠だったからで、人はひとりで生まれてきますが、本当にひとりきりだとするなら自己を他者と相対化することもできないですから、目が開いていない赤ん坊と同じように、宇宙の暗闇の中にぷかぷか浮いている遭難宇宙人と同じように、UFOみたいに、あやふやなままの存在だったと思うんです。WEBではそれが可能ですから、誰にも言葉を向けず、誰からも言葉を受け取らない分人を生み出してしまうことは実に容易です。それはそれで大いに意味があることなのでしょうけれども、個人的には見てる人が見てくださっていてとても幸運だったと思います。いつも書き手の命を救って頂いていますししみです。僕はこのブログで、本当にこれがやりたかったんです。ずっと見ていただいた分、見ててよかったなあってちょっとでも思っていただければそれが一番良かったです。見ていたからこの人はなんか、ちょっとでも前に進めたんだなあと思っていただければそれでもう完璧にこのブログの役割は完了にしてもよいくらいです。リアルタイムで賞をとりましたよ! ってそうお伝えしたかったんです。僕はそれで、僕の役割をすこし全うできたような気持ちになれるんです。優しさと辛抱強さと懐の広さとそれから、それは全て強さだと僕は思います。これからも僕はのんびりがんばりますから「見ていてください、次はもっと前に進みます」などと書いたらすごいエモくなってしまいますから、見たり見なかったりしてくださいって前みたいに書いてみます。
 次の見ている人へ、ここで言う見ている人は、最近見てくださっている人へ、見てくださってありがとうございます。僕はエンタメではない、と最果タヒさんに気付かされてから僕はエンタメではなくてもいいんだと思って書いていますから、もしかしたらちっとも面白くないかもしれませんが、それでも見てくださっているということはおそらく僕の力ではなく見てくださっている方の読み方が、あるいは見方が優れているということなのだと思います。自由に自分にとって面白く解釈して見てくださったら最高だなあと思っていますから、僕が好きなように書くように好きなように見てくださいね。それでいつも見たり、時々見たり、ごくまれに見たり、してくれたら嬉しいし、そのたびに僕はありがとうございますと思います。このブログは一年は続ける予定ですので、末永くよろしくおねがいしますと言いたいのですが、僕の一年は時々三ヶ月だったり三日だったりして時空の狭間に住んでいるので、突然ブログがなくなっていることもあると思いますが、そのときは本屋さんや図書館に行ってみてください。あまり知られていない事実ですが、本屋さんや図書館には面白い文章がたくさんあるらしいです。というのは冗談ですがブログが無くなっていたらそのときはすみません。自分自身に嫌気がさして辞めることはたびたびあります。そんな鉄骨渡りみたいなメンタルでやっておりますししみです。なにはともあれ見ていてくださってありがとうございます。言葉をくれてありがとう。スターもたくさん頂いて僕の心はもう満天の星空です(暗いことは暗い)。いつもありがとう。生まれてきてくれてありがとう。
 一気呵成にありがとうの気持ちを綴りました。このブログでやりたかったことの大半は達成できました。やったー! あとはもうのんびりしたものですが、一年経つまでどぅるどぅる書いてゆくだけでございます。終わりまでにあといくつやったー! って言えるか、なるべく多い方がいいなあと思います。ということでみなさま、ありがとうございます。皆様のご健康とご多幸を祈念いたしまして筆を折らせて頂きます。明日新しい筆を買いに行きます。