白猫

 強い雨が降っていて、僕は傘を忘れた。
 駅からの帰り道、マンションの影や、木の枝の下を選んで歩いた。
 赤信号を待つ時には、営業を終えた歯医者の前で雨宿りした。
 雨の中に進むと、頭と肩に、雨粒のわずかな重みを感じた。
 暗い道を、車のヘッドライトが照らす。遠ざかっていく。
 さあさあときめの細かいノイズが、街全体をつつんでいる。
 僕の暮らしているマンションが見えてくる。
 エントランスのオレンジ色の照明が、ガラスドアをすり抜けている。
 三段しかない階段の、はじめの一段に足をかけた時、ガラスドアの間に何かいるのが見えた。
 白い猫だ。
 驚いて足を止めた。猫も驚いていた。目を思いきり開いて、こちらを見た。
 それから白猫は、マンションの奥に走って逃げた。
 集合ポストの中からダイレクトメールを取り出し、ゴミ箱にすてた。
 雨宿りしていたんだな、と僕は思った。
 きっと、叱られると思ったんだろう。