聖地巡礼
駅から家に向かって歩いている時、頭のてっぺんがじりじりと熱いのでふと思い出したのだけれど、数年前に聖地巡礼をしたことがあった。あの時も夏だった。
とても好きな小説があって、舞台は少し田舎の、山に囲まれた架空の町だった。
インターネットを駆使して舞台になったと思しき山梨県の小都市を訪ねることにする。
計画性はまったくなかった。
鈍行電車に飛び乗って、山の中をのろのろ進む車窓から、たくさんの緑を見た。
急峻は濃密な木々で覆われていた。田園は金色に輝いていた。山間の小さな町は肩を寄せてあたたかだ。
それは夏を追いかける物語だった。うだるような夏から、登場人物が長袖の学生服になる夏の終わりまでを描いていた。
あさはかな少年と世界の運命を握っているおかしな少女が、世界の運命なんかおかまいなしに、南に逃げる小説でもあった。
だから小説の中では蝉が鳴いていたし、プールは豊かな水をたたえ、空にはUFOも飛んでいた。
彼らが南に向かったのは、たぶん、南の島はいつでも夏だからだ。
全く見ず知らずの町に着くと、いつも頼りない気分になる。
初めての場所では、自分というものが全く無くなってしまった気分になる。
がらんどうになる。物がたくさん入っているリュックサックには、それ以上の物は入らないけれど、からっぽのリュックサックには物が入れられる。
予約した駅前のビジネスホテルに入って部屋に荷物を下ろし、ホテルの受付で貸し出していたレンタル自転車を借りて、町の中をひたすら走り回った。
自転車は恥ずかしいくらい真っ赤で、電動アシストがついていたけれど壊れていて、ペダルはずっと重いままだった。
前カゴには大きなご当地キャラクターのポップがあしらわれ、どんな人間が乗ってもきちんと滑稽に見える自転車だった。僕はぽんこつと仲が良い。
スマートフォンで聖地らしき橋を検索しながら、とにかく前に進んでいる。
陽射しはとても強くて、あっという間に汗が流れた。
舞台になった場所は公式に明確にはされていないので、自分が向かっている場所が本当に聖地なのかどうか、未来永劫分からない。
本当の行き先はずっと不明のままで、それでもとりあえず行ってみようと思った橋にたどり着いた時、幅の広い橋の巨大な歩道の上に、彼らが歩いている場面を想像した。
この場所を歩いていたかもしれないな、と思った。
主人公とヒロインが遭遇したかもしれない学校を訪れた。
主人公と仲間たちが遊んだかもしれないボーリング場を訪れた。
ヒロインと友人が大食い競争をしたかもしれない食堂で中華丼を食べた。
量が多すぎて店を出た瞬間に全部吐いた。
物語があったかもしれない町は、小さな普通の田舎町だった。
小さな普通の田舎町に物語があるかもしれないんだな、と思った。
ホテルに戻ってシャワーを浴びてベッドに寝転がった。
リュックサックから小説を取り出して読み始める。
時間も忘れてしまう。
聖地巡礼は、たしかに物語を現実に感じられる。
けれど原作はいつでも、ページを繰るたびに奇跡を起こしているんだと思う。