いみのないうつくしいもの
意味は無いけれど価値はある。
そういうものがきちんとある。
意味のあるものってなんだろう。
それはきっと、お腹が減っている時のビスケットだろう。
喉が乾いている時の、麦茶だろう。
おばあちゃんがくれた黒飴だろう。
夜勤明けのベッドだろう。
敵のいない塹壕だろう。
手術が成功したあとの、病室の静けさだろう。
それは初めて訪れる町の地図だろう。
公道を走るための免許証だろう。
通勤快速だろう。
意味があって、価値があるものは、きっとそういうものだろう。
生きるために必要なものだ。命の危険が無いことだ。生活が便利になるものだ。
意味の無いものには、そういった効果が無い。
むしろ邪魔になることすら、しばしばある。
けれど意味の無いものは、ときどきすっごくうつくしい。
うつくしいってなんだろう。
それは娯楽だ。
世の中の多くのものは、うつくしくなくてもよいものだ。
それでも人が綺麗なものを見たがるのは、綺麗なものが、綺麗な状態のままでいることが、とてもむずかしいことだと知っているからだ。
意味のないうつくしいものの中に、生きていることを見出すからだ。
夜空の花火は一瞬で消えてしまう。
それは意味がない。けれど価値がある。
人生を花火に例えたりするのは、花火が綺麗だからだろう。
綺麗というのは、生きているってことだろう。
お腹が痛いです。
そんな僕は綺麗ではないけれど、生きているようです。
今週のお題「わたしのイチ押しアイス」