はじめまして

 皆様、こんばんは。
 今日は何をしましたか?
 
 僕は働いていました。聞いてください。なんと13時間も働いたのです。
 きりぎりすだったら死んでいます。
 一日の半分以上を会社で過ごすと「自分はなんのために生きているのか……」
 わからなくなってきます。そういうときは、なんとなく不安です。
 鞄の底の方から、くしゃくしゃになった二ヵ月前の宿題のプリントが出てきた時くらいなんとなく不安です。
 世界のあらゆるものが、手を離れていく感じがします。
 実際に僕を取り囲む世界は、勝手に離れて行ったりはしません。僕自身が世界から遠ざかっているだけです。
 つまり僕自身の認識能力が、正常時に比べて弱くなっているから、世界が遠く感ぜられるわけです。
 ――と思います。
 なぜ認識能力が弱くなるか。それは疲れているからです。では聞いてください。
 どうして疲れているんです? なぜ食べすぎた犬のように疲れているの?

 

 

 

 

 

 13時間働いたからだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 4月末辺りから、GWの準備とテレワークの準備を急がなければならなくなったことも関係していました。
 体調を崩した同僚が現れ、彼の穴を埋めるために周囲の負担が増し、そのためにグループ全体の疲労度も増えます。
 テレワークは初めての試みだったため、慣れない仕事で会社全体のストレスも増していきました。
 突貫作業の末に迎えたGWは新型コロナウイルスに包囲され、外出を自粛せざるを得ず、朝から晩までアマゾンプライムビデオを見て過ごしたので、密閉空間の効果により精神に異常をきたし、時間を認識する脳の機能が狂って、朝目覚めるたびに、
「今はもしかして小学五年生の夏休みなのではないか?」と勘違いをしたり、
「今日はとても仕事がある感じがするけれど、たしか今はGW中だったはずだ」と悩んだり、
「僕は今、誰の家に住んでいるんだっけ? 実家ではないようだし、おじさんの家でもないぞ」と記憶が混濁したりしました。
 こうなったら人間はおしまいです。
 黄色い救急車が迎えに来るか、飲んだくれてアメーバのようになるか、どちらかが運命だと思われました。
 しかしながら、運命の女神が僕に微笑むことはなく、GWはなんとか乗り切ることができました。
 
 ぎりぎりのところで僕を助けてくれたのは、やさしくかしこい友人たち、そしてアマゾンプライムビデオ、戌神ころねさんです。
 やしこい友人たちは、オンライン飲み会をしてくれたり、殺菌済みの家に招待してくれたりして、僕の完全に退化したコミュニケーション能力を蘇らせてくれました。持つべきものはやはりやさこい友人です。
 アマゾンプライムビデオは、一日に10時間以上見続けても年間4900円とお安く、素敵な映画やドラマやアニメを見せてくれて、僕を楽しませてくれました。ずっと映像作品を見続けるのは、肉体的にも精神的にも辛いため、悟りを得るための修行と同等の効果があると言われています。
 そして戌神ころねさんは、Vtuberという職業の方で、一回の配信で10時間以上もゲームをプレイしたりして、僕を楽しませてくれました。10時間以上のゲーム配信を見ると、肉体的にも精神的にも辛いため、悟りを得るための修行と同等の効果があると言われています。

 GWの5日間で一番記憶に残っているのは、100均ローソンに油性のサインペンが売っていたことで、
「ああ、ダイソーみたいな100円ショップじゃなくて、100均ローソンにも油性ペンってあるんだあ」って思ったことです。
 マッキーみたいな太い油性ペンではなく、細い油性のサインペンって、普段あんまり使わないので、つい買い忘れちゃうんですよね。
 それで、必要な時に限って無いんです。
 だから無理やりマッキーの細い方を使って、先端だけがぎりぎり紙に触れるかどうかくらいに手を浮かせてぷるぷるしながら自分の名前を書いたりしてね、書き終えた字もぷるぷるしてるけどまあいいかと思ってしまったりなんかすると、もう二度と細い油性のサインペンを買う機会は訪れないんですよね。
 でもなぜか筆ペンは三本くらい持っていたりしてね。人生みたいですね。

 GWが終わり、すぐにやってきた13時間の労働を終えて疲労の極みにあった僕は、謎の眩暈を感じながらも、三ツ矢サイダーを飲みつつ生きる意味について考え、意味などはないけれど、目的くらいは用意できるに違いないと考えました。
 生きる目的。最低限、何を達成したいかが分かればいいんです。遊園地に行くとき僕は、お化け屋敷が目的のことが多いです。だからお化け屋敷に行けさえすれば、ねじねじのジェットコースターに乗り損ねても仕方ないかあと思います。
 僕の生きる目的はなんだろう。それは、自分が心から面白いと思う文章をひとつでいいから書くことです。
 でも、書くことは容易ではない。否、ただ書くことは朝飯前ですが。面白く、となるとこれは運です。
 からになったマグカップを冷たいシンクにかたんと置いて。
 書くことの基礎って、なんだろう。書くことの基本って、どういうものなんでしょう?
 一体人間は、ものを書こうと思うとき、何を基準にして題材を選んでいるの?
 どうして人によって文体が変わるんだろう。
 そういうことが知りたくなって、どんどん考えをたどっていくと、一番最初のことが思い出されました。
 誰に指示されたわけでもないのに、書き始めた僕です。あのときは何を考えていた?
 はじめての僕は。
 もうあのころの気持ちは思い出せないけれど、考えているうちに、ひとつはっきりしました。
 まっしろなページにはじめの一文字を書き始める時、僕はいつもはじめてです。