全然怖くない怖い話
同僚が次々に体を壊しており、休暇を取り始めた。
チームで健康なのは僕とゴーレム君だけになる。
どちらかが風邪でもひいたら、この現場は崩壊じゃないですか。とゴーレム君は言う。
そうだね、崩壊だね。むやみに黒酢にんにくなど食べようよね。と僕は言う。
ビタミン剤を丼でかっ食らい、モンエナを鯨飲し、休み時間は乾布摩擦で体を鍛え、移動は常にうさぎ跳びで。
ほんとに3月に入ってからみんな急に不健康になっちゃいましたね。とゴーレム君。
それはウイルスが世界中に蔓延したのと時を同じくしてね。3月という言葉にはそういう意味も含まれているのかもしれない。世間の雰囲気が個々の健康を害することはきっとある。眠い人が近くにいると自己の眠たさが再発見されるようなもので。不健康自体はあらかじめ体の中に存在していて、それがきっかけを得て表面化しただけで、そういうことが起こりやすい空気。注意深くなっているからこそ痛みに敏感になっている感じ。悪いことではないけれど、みんなさん、よくお休みよという気持ち。
そういえば僕もごほっ、ごほっ、うっ、いたいいたい……僕はもうだめだ、ゴーレム君あとはひとりで頑張ってちょうだい……。
ししみさん、どこが具合悪いんですか? とゴーレム君。
僕はあれだよ、体全身に、とめどない激痛が、うっ、現在進行形で、実は肋骨が52本骨折していてね。
おかしいな、人間にはそんなにあばら骨がないはずだけど。とゴーレム君。
隠していてすみません、ほんとうは僕は、人間じゃないんだ。と僕は言った。
じゃあなんなんですか? とゴーレム君は言う。
僕はゴーレム君の夢だよ。と僕は言った。ゴーレム君だけが見ている幻覚なんだ。
その割にはリアルだなあ。とゴーレム君は言う。
まるで生きているみたいでしょ? ほんとうは幻覚なんだぜ僕。
幻覚パンチ! と言いながら僕はゴーレム君の肩にやさしくパンチをした。
急に凶暴になったぞ。とゴーレム君は言った。
その痛みも幻覚なんだよ。幻覚の先輩で本当にすまない。
こんなに続けて悪いことが起きるなんて……誰かが「何か」連れてきたんじゃないですか? とゴーレム君が言う。
さいきん犬鳴峠とか行った? と僕は言う。
行かないですよ。俺は怖いのが大嫌いなんです。幽霊とか信じてないですけど。
そうだったんだ。ホラーとか恐がらずに見るタイプだと思っていたよ。
自慢ではないですが、日本のホラー映画は最後まで見たことないです。呪われるので。
リングとか、呪怨とか。
無いです。着信アリもです。CMも勘弁してよって思うくらいですから。でも俺が通ってた高校、呪われてましたけどね。
ちょっと急展開すぎてドキっとした。それ聞いてもいいの?
大丈夫です。大したことはないんです。ただ、いわゆる文化祭というやつを高校ではやらなかったんです。
ほう、それは何故だい。
文化祭をやると、毎年本当に人が亡くなるからです。
それはほんとうのやつなの?
残念ですが真実です。だから俺は三年間、文化祭をやらずに卒業しました。
どうして人が亡くなってしまうの?
よくわからないですけど、高校のあった場所が刑場の跡地で、祟りらしいです。
ゴーレム君自体は霊を見たことが?
ありません。見えもしませんし、聞こえもしません。だから俺は信じてないんです。
なんと言ってよいか難しい話だ。怖いね、というほど怖くもないし、文化祭無くて残念だったね、というのも違うように思われた。ただそういうことがあるんだなあと僕は思った。霊障ではないかもしれないけれどおそらく本当に事故とかがあって、本当に誰かが亡くなって、文化祭を慣例的に廃止しはじめるようなことが。
ししみさんは霊的な体験ないんですか。
あるけど、全然面白くない話だよ。
え、あるんですか。どんなのですか。
家の近くに友達が住んでいてね、僕んちから100mくらいのところに友達の家があって、よく遊びに行ってたんだ。
具体的な数字だ。
その人とは仲が良かったし、周りの友達がみんな集まって遊ぶ場所になっていてね、夜中までその人の家で遊んでたのね。
はい。
いつものように暗くなってから帰宅することにしてね、帰り道は川沿いの土手を通るんだけど、田舎だから電灯がひとつもなくて真っ暗なんだ。
はい。
土手を歩いていたら、耳のすぐ近くで、男の声で「こっちに来い」って言われてね。
え、それはなんなんですか? 周りを確認しましたか?
周りには誰もいなかったんだ。そんな近くに人が近寄ってきたらさすがに分かるしね。
霊じゃないですか! なんなんですかそれは!
なんだったんだろうねえ。でもそれでおしまいだよ。
ししみさんは、それからどうしたんですか?
めちゃめちゃ怖かったから走って家まで帰って居間に寝てたお母さんに「今幽霊の声聞いた!」って震えながら報告したよ。ちゃんとお話になってないから、あんまり面白くないでしょう。
面白いんじゃなくて、怖いんですよ! ちゃんとお話になってないほうがそういうのは怖いんですよ! 俺今日どうやって帰ればいいんですか!
幽霊に効く幻覚パンチあるけど、使う?
……じゃあ、いいですか。
お話の途中で外線電話が鳴り響く。
ゴーレム君は西部劇のガンマンもかくやというほどの素早さで受話器を取り、外行きの声で応対をはじめる。
僕はパソコンモニタのデスクトップをぼんやりながめて電話が終わるのを待っていた。
電話を終えたゴーレム君は、うつろなほほえみを浮かべて僕の顔をじっと見た後で、
「Bチームのリーダー、明日休むそうです」と告げた。
これで明日の業務量は2倍になることが確定した。
それは本当に怖い話だ。