げんき

 心と体が元気なうちに、やっておきたいことがたくさんあるんだぞう。
 一日の元気はランダムで一定では無かった。今日は元気でも明日は半死半生かもしれなかった。未来は未定だし過去は助けてくれなかった。僕は僕に問いかける「僕は元気ですか。」「はい、僕は元気です。」英文直訳調で確認を終えた休日の朝、そこそこの陽射しがカーテンの隙間から呼びかけてくる。
「目覚めよ」

 生きてるうちにやっておきたいことの一つに読書があると思った。架空性電子書籍売り場のピックアップの中にお気に入りの作家の新刊が並んでいるのを発見した瞬間、僕の心臓・脳・精神が爆発をした。四肢が四散した。そしてベッドの上で鳥につつかれた毛虫のように暴れまわっていた。言葉を失い、獣のようになってひとりで狂ってしまった。とても残念だ。普通に生きたかったのに、そんなことは無理だったのだ。僕の狂態を横目で眺めていた枕が「やれやれ、寝なね」と呟いていた。狂い人になった身体は息が尽きて屍となった。

 爆発とはつまり破壊だけれど、スクラップアンドスクラップ、もしくはスクラップアンドビルド超新星爆発をしてきれいになったら数字は0で、どん底まで落ちたら這い上がるだけ、破壊と再生を繰り返して歴史が紡がれ、だからつまり生き方はシンプルになった。プラスワンを探しに本屋に出かけるだけでいい。好きな作家の本というのは精神の生死にかかる重大事だということをいつの間にか忘れてしまうけれど新刊を見るたびに思い出せて嬉しい。仕事が終わったら本屋へ行こう。書店さん、大好きです。僕はそう思って仕事を頑張って終わらせてから神の町の書店を二軒訪ねたけれど新刊は並んでいなかった。2/14発売の新刊なのに平積みされていないとはどういうことなのか。落ち込んだ。ひさびさに落ち込んだ。髪にいもけんぴついてた時って多分こういう気分だろうなと思ったくらいだ。本の業界はこんなに回転が早くて有名売れ筋本じゃなきゃ平積みされないんだってそれが故郷ならまだしも東京の書店でもそうだったら希望はどこにあるの? 命が尽きてしまう。かといってアマゾンで買うとなるとアマゾンばかり儲けてしまうから書店さんが潰れてしまう。出版不況の波がわが町の書店を二軒潰して以来、なるべく本は書店で買うことにしている。明日こそはと覚悟を決めてその日は枕を露と濡らした。

「目覚めよ」
 そこで僕は息を吹き返し、朝の10時から元気なう。こうなれば行動あるのみであった。服を着替えて早々に家を出て今度はもっと大きな本屋さんを訪ねた時すぐに求めていた新刊の分厚い本がデデーンデデーンとたくさんデデーンと並んでいるのが我が目に映り、懐かしい故郷の海岸のきらめきを見たような感動があった。こうあるべきだったのだ昨日も、と思った。もう大丈夫。もう世界は大丈夫。安心。安心。

 本を買って鞄に入れて、一日がそこで終わってしまったとて良かったのだけれど最近ひきこもりがちになっていた自分に気つけ薬として美術を処方することにして町外れの美術館に向かった。美術館はもう顔パスなのだ。昨年水族館の年パスが尽きてから美術館の年パスを買ったので、美術館が年パスで顔パスになって、もう作品も何度もみたのであんまり行くこともないかなと思っていたけれど美術館というやつは何ヶ月かに一度作品を取り替えて展示が変わるので年パスの効果が如実に現れた知らなかった! 見たことがない作品があるから自然と歩みも遅くなる。意味のわからない絵や可愛い絵やかっこいい絵がたくさんあってそれぞれじっくり見ているうちに発見がある。新コロの影響かお客さんがほとんどいなくていつもの10分の1くらいだったので思う存分絵に取り憑いて絵の妖精になった。すべての絵を見終わるのに三時間もかかって美術館を出る頃にはお腹がぐうぐう鳴った! おなかへった! おうちへかえろう!

 わが町に着くなり100円ショップへ向かい身体擦り器を買った。本当の名前はなんというのかは知らない。ソフトとハードの身体擦り器があってソフトを買った。やわらかいぬの。それからドラッグストアに行ってワインを買った。おいしくてよいワインと書いてあったからそれを信じた。信じる心がだいじなんだ。ときどきは飲んでもいいよやすいさけ。やわらかいぬの、やすいさけ。

 家に帰ってきたらお洗濯! 洗濯は僕は好きで、ものがきれいになっていくのってどうしてあんなに気持ちがいいのだろうか! すべてのものよきれいになるがいい! 少女終末旅行のOPを聞きながら鞄から待ちかねていた新刊を取り出して今まさに本を読もうとする前に、まだやることが残っている。そういえば春用の服をインターネットで買おうと思っていたのだ! 服と言えば最近古い本を読んだ時にブティックという言葉が出てきて少し面白かったのだけれどブティックって最近きかないけれど今でもモボ・モガ達は言うんだろうか。ポシェットもちょっと面白くない? ジャンパーもウケてしまうよね。逆にポシェットとかジャンパーとか言いたくて誰か着てきたら言いたいなあと思いつつ春用のジャンパーを買った。黒いジャンパーだ。なんだかわからないけれど東京の人は案外この黒いジャンパーを着がちなので都市迷彩だ。人を隠すには人の中へ。僕はナマケモノマンボウのように生きているのが奇跡の動物として今日も生き残れてよかったと思いながら本を開くことにしたい。テーブルの横にはワイングラス。BGMはアニメソング。げんきなうちに読書をして夜中には映画も見よう! それから勉強をして偉い人になろう! あしたも元気だったらいいな! 洗濯物ほしてない!