祭と海

 お祭りの後は海に行こうと提案した後、若干の後悔を覚えた。
 否定されるのではないかと不安になったのだろう。
 でも寒いですよ。と言った。海風が吹いていますし、今日は気温が低いから。
 風の強さや気温の高低が社会的な価値観の上で障害になることは承知している。
 しかし気にかけている根源的な問題はもっとうわ澄みの感情だった。
 ほんとうに。無理をしていない。と聞いた。
 してないですよ。行きましょうよ。と挑むような調子の返答がある。

 見知らぬ車内に三人の男性が並んで座り、全員がうつむいてパンを食べていた。
 小河原さんは友人A氏と頻繁に会食乃至宴席を設け交友を深めていると述べる。
 そこで例えば友人B氏(私)の存在を仮定して、と投げかけ、赤のボタンを押すとA氏が怪我をする。青のボタンを押すとB氏(私)が怪我をすると決めた。
 どちらかを選択しなければならないとしたら。
 しかも、どちらも選ばない時には小河原さんが死んでしまう装置なんだよ。
 じゃあそれにします。小河原さんは即座に言った。
 ええ、死にますよ。

 千葉県の海の際、巨大なホールでお祭りが開催される。
 向かう人々は、鉄仮面を着けふんわりしたスカートをなびかせ竜殺しを腰にさげる。
 駅からの長大な列に含まれ大ホールへと吸収された。
 天井の高い広大な体育館様の空間に長机が並んでいた。
 きれいなぬののかけられた机上には、緻密な細工の施された作品が無数に飾ってある。
 周囲と同じ速度でゆるゆると会場を流れる。
 作品のひとつびとつに膨大な手間とエネルギーと人生が使われている。
 私の知らないところで、私の知らない人達が、私の知らない言葉を使い、私の知らない物を作っていることが、私はとてもうれしかった。

 銀色の歩道橋の階段を下りた。
 みどり色の小川沿いの細い道を進んだ。
 つめたく透明な風が上着を貫いてふき抜けた。
 橋の下の薄暗いトンネルの向こうには白く光る草原が広がっていた。
 草原の果てには黄色の砂浜が横たわっていた。
 太陽と同じ色の水平線がどこまでも横に伸びていた。
 砂浜にめりこんでいた赤い貝の欠片を手にとった。
 この貝にはどれくらいの価値がありますか。と聞いた。
 もしかしたら値段がつかないかもしれないです。と言った。
 たしかにそうだと思った。