あたたかい日の日記

 16度の陽射しが降り注いでいた。
 1月29日はまだ冬で、町を往く人々の外套は分厚い。
 しかし、道端のアスファルトを突き破ってたんぽぽが顔を出してもおかしくない程度に暖かく明るかったので、人々は冬眠を終えた熊のようにのんきに見えた。

 新型コロナウイルスのせい、というわけでもないのだろうけれど、マスクをしている人を多く見かける。
 電車で、コンビニで、会社で、顔の半分以上を覆うマスクの需要が高まる。
 会社の偉い人が「みんなで使うんだよ」と冗談顔をして持ってきてくれた大量のマスクを一枚貰い、つけてみる。
 マスクをつけている鼻から口、顎にかけての僅かな空間が、とてもプライベートな空間になった。
 マスクって、すごくプライバシーだ。
 携帯プライバシーじゃんと思った。

 休憩時間を利用して体を鍛えている。
 休憩室の窓の前には、暖房用のでっぱりがついていて、ちょうど腰の辺りの高さだ。
 でっぱりに手をかけて「弱い腕立て伏せ」をしていると、窓から外が見える。
 向かいのビルの会議室だ。会議室にはテーブルと椅子が置いてある。灯りは消えている。
 見るものも無いので、いつもその会議室をぼんやり見ながら腕立て伏せをしているのだけれど、時々会議室には人が入ってくる。
 急に灯りがついて早足の男たちが部屋にどやどや流れ込んでくるとびっくりして、いつもなら腕立て伏せをやめてしまうのだけれど、だんだん慣れてきていたので、今日は腕立てを続行してみた。
 男たちは向かい合って座りプリントをぺらぺらして何か話している。
 僕はスッスと腕立て伏せをしている。会議室は少し見下ろす角度にあるから、会議室から僕を見ると、変なやつが窓の近くで首だけ上下させてるように見えるはずだった。
 そういう意味のないモンスターが第一志望だ。

 白いけむくじゃらの犬とよく目が合う。
 白犬が町に来た当初から見続けているからよく分かるのだけれど、明らかに目が合う確率が増えている。
 僕が笑いかけているからに違いない。
 僕は白犬と目が合うと毎回必ず微笑みかけ「僕は敵ではない……」と心で呼びかけているので、おそらくその良い行動が、白犬の心の扉を開かせたに違いないのだ。
 動物は日本語がうまく通じないけれど、ちゃんと良い者か、悪い者か、分かるのだ。きれいな心同士つながっているのだ!
 あるいは睨まれているだけかもしれないけれど、言葉を超えたつながりがあるはずだ、と考えることは楽しいので、これからはウインクもする。