はたちの文

今週のお題「二十歳」

 

 はたちのころは、よくお酒を飲んでいた。
 サントリーのREDや、ビーフィーターを、ガラスのコップに入れてぐいぐい飲んだ。
 ジンはロックで飲むと夏にぴったりで、きりりとする。青い果物に渋くて、乾いた味がする。
 お酒を飲みながら当時流行っていたSNSに日記を書くのが趣味で、よく考えてみると、僕の生活様式は、はたちからほとんど全く変化がない。
 ニコニコ動画を見て、映画を見てゲームをして、文章を書いて、時々どこかをさまよって、ごく稀に友人と会って話して、眠れぬ夜を過ごす。(最近は割とぐうぐう寝る)
 その繰り返しの中に明暗があり、上下があり、フラットな瞬間がある。
 分かりきったサイクルへの愛憎は、これは誰でもだと思うけれども、いかがだろう。
 変えたいと思えば「習慣の奴隷だ」と言って脱出を試みればよいし、まだ変えたくないと思えば「石の上にも3年」と言ってスパイラルを徐々に登ればよいと思う。
 意思があればどちらでもよい。
 人生の選択に間違いはない。
 間違いとは、選択をしないことである。

 名言ぽいことをびしりと書いて純朴に微笑んでいるところです。
 蛇足を接着するなら、仕事でもなんでも、失敗は成功の母と言って、たくさん失敗をすると、そのぶん次の行動の成功率が上がるような感じがするので、たくさん挑戦し、たくさん失敗し、ちくしょうめと思えばいいと思う。
 こんちくしょうめ、次は成功させてやるぞうと思えばいいと思う。
 僕はぼうっとした性格をしていて、そのことを自覚しているからこそ、仕事中はかりかりに緊張をして速を上げようとするので、失敗がわりに多い。だから特にそう考えるのだけれど、あまり失敗しない人を観察してみると、そもそも仕事をしていないことがあって「仕事してないから失敗しないんだ!」と、大変な事実に気がついたことがある。バッターボックスに立たなければ、三振はしない。その代わりにヒットも打たない。

 仕事をばりばりこなしていて、しかも失敗しない人もいるけれど、そういう人達はなんらかの天才であることが多いので、あまり参考にならないので、気にしなくてよいと思う。
 魚は水の中で呼吸ができる。ゴリラは握力が400キロある。天才は失敗しない。
 僕は魚でもゴリラでも天才でもない。
(頭がすこしゴリラかもしれない)
 天才ではなく凡才ですらなく駄才です。
 愛読書は『きりぎりす』『もの思う葦』です。
 僕はかの道化の華の人間っぷりがとても好きなのです。

 はたちの頃は、ふとしたタイミングで、とてつもなく心が重くなり、未来が真っ暗に思えた。
 これから先、なんにも良いこともなく、あらゆる人間にうしろ指を刺されながら、あいつは本当にただのくずだったなあと言われ、病気になって、ひとりさびしく苦しんで、親が泣き、ただのたうちまわって死ぬのだ、と本気で恐ろしくなり、夜も眠れなくなった。
 いつまで経っても変わらない自分に嫌気が差していた。
 しかし、程度の差はあれど、だいたいみんな同じようなことを考えているものだと思う。
 変わらんなあとか、もっと良くなりたいなあと考えながら、夏休みの最後の日まで何もしないのが、人間という生き物なんだと思う。
 余裕がなくなってみて、追い詰められて、何度も何度も叱られて、痛い目を見て、もう二度とあんな思いはしたくない、という底尽き体験がなければ、よほど優秀な人間でない限りは、日常から何も学べない。お酒を飲みすぎて、体調もメンタルも悪化して、たびたび正気も失って、このままじゃあ僕は死んでしまうなあと本気で焦り、依存症について調べたことがあって、その時に分かったことだ。
 未来なんて最初から真っ暗だし、ここまで生きてこれただけでラッキーだったし、うしろ指をさされない人間なんてひとりもいないし、お前は生まれた頃から本当にただのくずだったし、病気になったら誰にも迷惑をかけないようにひとりさびしく苦しもうとするのだろうし、これからも死ぬまでずっと夜は眠れないよ。つまり、お前は今最低中の最低、死んでいるよりすこしマシな状態でしかないんだよ。だとしたら、それは本当にやっと、自由自在なんだよ。失うものが何一つないというのに、何を恐れているの。どうせ未来はないのだから、やりたいことを一生懸命やってみればいいんじゃないの。
 と、一度スクラップアンドビルドしてみると、逆にやる気が出ることもあり、僕は今の職場を最初の三ヶ月で「辞めよう」と決意したのですが、「むしろ辞めさせてみろこの僕を」と考えるようにしたら何もかも上手くいくようになりましたので、一番わるいのは、怖がっていることなのかもしれません。

 真面目な話の途中で恐縮ですが、おくらってうぶ毛が生えていますよね。
 もし毛深いおくらがいたら、めちゃめちゃ気持ち悪いですね。寒がりなのかもしれないな。

 はたちの頃は、友人たちもみなはたちです。
 彼らが眩しくてしようがなかったことがにわかに思い出されますが、前述の通り、みんなやっぱり迷ったり悩んだりしていて、自分の価値をみつけようと必死になっていただろうし、それは僕も同じで、そういう時期だからこそ機に乗じて遊ぶでも学ぶでも働くでも怠けるでも、時間を全振りして極端にやってみるとよかったなあと思います、などと書くと、一般的な論なのだけれども、大人になればなるほどみんなだいたい大人しくなってくるものだし、家族が出来て自由な時間がないようとか、出世しちゃって社交ばっかりだようということになるのは道理なので、それが人生で最も幸福な時間などとは誰にも言わせない、という気持ちがあったのもとてもよく覚えているけれど、何もしなくても老人にはなれるので、いつでも今しかできないことを探して、意思で探して、今やりたいことをやればいいと思います。

 これらはもちろんはたちをとうに過ぎた、僕自身へ向けた言葉でもあります。
 もう充分に大人と呼ばれる年齢になった僕は、これから更に歳をとるなんて信じられないなあと思いつつも、地獄の縁でマイムマイムを踊って楽しんでおりますゾ。
 本当にねえ、はたちの頃には予想もしなかったことが、たくさんあります。
 よくないことも、よいことも、たくさんたくさんあって、面白いですよ。
 それでははたちのみなさん、足を踏み外して奈落に落ちない程度に、モッシュしたりダイブしたりしてくださいね。