大失敗をした日のこと

 今日は、仕事でたくさん失敗をしたので、僕は落ち込んでいます。

 落ち込んでいる時は、胃が重くなって、ことあるごとに失敗した映像が頭をよぎり「ウワーーーーッ」と叫びだしたくなります。そんなことをすると、人獣になってしまうので、やらないようにしています。叫びだす代わりに、論理的思考を用いて、心の淀みを綺麗にしようと考えるのが、これは人間です。僕はまず、細長いペンギンのぬいぐるみを右手に持ち、人差し指と親指を羽の下に差し入れ、羽をぱたぱたさせます。飛んでいるように見えます。それからゆっくりとペンギンを持ち上げ「ウワーーーーッ」と叫びます。それからペンギンを布団の隙間に頭から差し入れます。布団に挟まれたペンギンのぬいぐるみは逆立ちの状態になり、気絶しています。実際に「ウワーーーーッ」と叫んだのは僕ですが、僕は人形遊びをしていたので、叫んだことになっているのはペンギンの方です。これがつまり論理的思考というものです。実に論理的です。僕は布団に頭を突っ込んだペンギンを見てニヤニヤしていましたが、不意に心から虚しくなり「一体わたしは何をしていたんだ……?」心が急に現実に戻ってきて、耐え難い悲しみがやってきました。人形遊びというものは、人形に自己を投影するものだと思います。つまり僕はペンギンであり、ペンギンは僕だったのです。ペンギンの叫びは僕の叫びであり、布団に埋もれて気絶しているペンギンは、失敗して落ち込んでいる僕の姿そのものだったのです。僕は気絶するペンギンに、僕自身の哀れな姿を見たのです。ということは、ペンギンこそがボクですから、僕はペンギンをもっと丁重に、恋人のように扱うことによって、より自分を大事にすることができるのではないか? ひいては自尊心の回復につながるぬいぐるみセラピーが爆誕するのではないか? という仮説が生まれるのは至極当然のことです。僕は悲しみを忘れ、そっとペンギンを手に取り、布団から引き抜き、胸にかき抱きました。両手でしかと抱擁し、接吻の雨を降らせたのです。「おお……おお……! ペンギンちゃん、なんとやわらかな抱き心地!」と僕はペンギンを賛美しながら、おそらくは僕自身を賛美していたのです。その証拠に、腕の中のペンギンはぴくりとも動かず、静まり返っているのです。僕は急に腕の中のぬいぐるみが、得体の知れない、現実に肉体を有した怪物であるような、おそろしい気持ちになりました。それはまったく晴天の霹靂でありました。僕はたしかにペンギンちゃんと親友のように遊び、恋人のように抱擁し、大切だと思っていたはずなのに、やはり怪物のような、得体の知れないもののように思われたのです。布をかけ、縄でしばって、地の底に封印しなければ落ち着いていられないような、まったく奇妙な恐怖が僕を襲います。「誰だ貴様ッ! お前はペンギンちゃんではないな!」と、今ではもうすっかり他人の顔をしているペンギンちゃんに言っている僕は、もちろん結局は自分自身にその言葉を投げかけているのです。つまり僕はその時点で僕のことが一切わからなくなったのです。それは最初から結構意味がわからないやつだな僕はと思っていたのですが、その時点で決定的になったのです。僕はペンギンちゃんに自己を投影することによって、僕自身の新しい一面、あるいは僕の欺瞞的な姿を目にし、自らの影に怯えはじめたのです。人間、こうなってしまってはおしまいです。もう打つ手はありません。「ペンギンちゃん、ぼかぁ……」と僕は心情の吐露をする件に入りました。「ぼかぁ、ひどい落ちこぼれの人間だ。友はなく、恋人もなく、家族とは遠く離れて、そして勇気も行動力もお金もない、どうしようもない塵芥のような人間なのだ」他人のような顔をしているペンギンちゃんの目に、ほんの少し光が宿ったような気がします。「最後に残ったのは、君だけなのだ。君だけが僕を……僕を人間扱いしてくれた」これは僕が僕を人間扱いしようとしているということです。「僕はそんな君に……酷いことを……グワーーーーッ」叫びながら僕は激しく胸をかきむしり、白目を剥いて足をばたばたさして痙攣し始めました。「闇の波動がッッ……ペンギンちゃん……にげ……ろ!」闇の波動が悪さをしているのです。人間、そうなったらおしまいです。僕は更にドゥワーーーーッと叫びながら激しく暴れまわります。この時僕はペンギンちゃんの視点から僕を見ています。僕はペンギンちゃんであり、ペンギンちゃんは僕ですから、つまりペンギン・アイを通して自らを俯瞰しているわけですが、この時ベッドの上で大の男が七転八倒している姿は愉快です。なんだろこのひと、アホちゃうか。とペンギンちゃんは思っています。それに反して僕は闇の波動に飲まれてもう息も絶え絶えになり「アアーーーーッペンギンちゃん! 君は、生きろ! 僕が見れなかった景色を……君が見るんだ!」と叫んでいよいよ感極まってきたところで、僕はグフ、とつぶやいて死にました。深い静寂が僕の死体とペンギンちゃんをベールのように包んでいます。僕の魂は肉体の呪縛から解き放たれ、空高く上っていきました。ペンギンは僕の姿を曇りなき眼でみつめ、そして僕の死を悼み、そして忘れ、そして新しい人生を生きるのです。僕の言葉の通りに、ペンギンちゃんはたくさん旅をします。イタリアに行ったり、オーストラリアに行ったり、そして南極に行ったりします。南極にはもちろん本物のペンギンちゃんがたくさんいます。僕は不安になってきました。ぬいぐるみのペンギンちゃんは、本物のペンギンちゃんと仲良くやれるでしょうか? 彼は少しひねくれたところがあるし、何より人間の僕と長いこと暮らしてきたわけだし、その上ぬいぐるみですから、もしかしたら本物のペンギンちゃんにいじめられてしまうかもしれない。そんなのはいやです。そんなのは僕がひどい目に合うよりもっと嫌です。死んでいる場合ではありませんでした。僕はベッドの上に起き上がり、ペンギンちゃんを手にとって、彼の目をしっかりと見つめました。「よし、強く生きよう」ペンギンちゃんはもちろん、何も言いはしませんが、彼がなんと言いたいかは、僕はすごくよく分かっています。

 

 

 

 

 

※このお話はフィクションです。