鉄板の上で繰り広げられる無限のケミストリー

 人生ではじめて肉バルに行った。テーブルに並べられたトンテキ400g、牛ロース、フライドポテト、オレンジジュースとビール、BGMはビルボード、騒がしい客の声、テーブルに皿を並べる店の女性の所作はうつくしく、物音一つ立てなかった。これは肉とはあまり関係ない。

 一口大に切り分けられたトンテキは鉄板で熱せられたまま甘いソースを滴らせ、頬張ると適度に固い。噛むたびにシンプルな旨味が広がる。癖がなく爽やかな味わいで、いくらでも食べられそうだ。トンテキと相性が良いとされていた赤ワインを注文した。渋さがほとんどなく、やさしい甘みがある。気取ったところのない素直な香りがした。口に含むと、新緑の空気を含んだ南風が吹き抜けるようだった。ちょっと何を言っているか自分でもよく分からないが。

 ロースの焼き加減はミデイアムで、赤い肉が食欲をそそる。食感はあくまで柔らかいが、味にはしっかりとコクがあった。醤油ベースのにんにくソースにディップすると、肉の雰囲気はがらりと変わる。――まるで満月の夜に変身するウェアウルフだ。牛肉なのに狼男に喩えると、なんだか不必要な混乱を招くようだが、とにかく美味い。ビーフステーキが最も信頼している相棒……もやし。しゃきっとした瑞々しい食感が、肉によって昂ぶった味覚を落ち着かせる。興奮剤と鎮静剤――鉄板の上で繰り広げられる無限のケミストリー。ぼくたちは、情熱と冷徹の間で、新しい物語の予感に胸を焦がしていたい。肉だけに。

 

今週のお題「いい肉」