彼岸花

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 あひるを読み終える。
 本棚に文庫本を置いて、リビングのごろ寝マットレスに横になる。
 アマゾンプライムビデオで映画を見る。
 中東のテロリストをFBIがやっつける。
 その間に何度か眠った。
 心がそわそわする夢を見る。
 目覚めた時、夢の中にいるのか、現実にいるのか、少しだけわからない。
 居住まいを正してそわそわしている。
 理由がみつからなかったので、気持ちが落ち着いてくる。
 洗濯機を回しながら氷を読む。
 麦茶を喫する。
 洗濯バサミ集合体に靴下をかける。
 ハンガーにシャツをかける。
 洗濯機置場の周りは、よい匂いのする空気になる。
 サコッシュに財布と家の鍵を入れる。
 やわらかく、かるいスニーカーを履く。
 部屋のドアに鍵をかける。
 午後四時の空はまだ明るく、マンションの廊下から見える住宅街を縫う道の上に、犬を連れた女性の姿が見えた。
 ぬいぐるみのような犬。
 左のポケットをはたく。右のポケットをはたく。右のポケットに入っている。
 階段には虫の死骸がひとつも無くなっている。
 住宅街を抜けて小川にかかる橋を過ぎる。
 橋の向こうには鉄塔が伸びている。
 桜並木の道を横切ると、いつもの散歩道に出る。
 川沿いの土手からは、野球場の上に散らばる少年達が見える。
 歩きながら携帯端末で火夫を読む。
 目の端に、ぽつんと真っ赤な色が映える。
 土手の坂に彼岸花が咲いている。
 もうそんな季節なんだ。彼岸花を見るのは、一年ぶりなんだ。
 カルルは自分に言い聞かせた。
 三時間かけて9.3km歩く。
 太陽が地平線の上の雲に隠れていく。
 真っ赤に膨らんで、雲に滲んで溶けていく。
 横を追い抜いたランナーが立ち止まり、携帯端末で潰れた太陽を撮る。
 それから走り出す。
 暖色から寒色へ無限のグラデーションが続く空の下で僕はまだ火夫を読んでいる。
 蝉の声がもうしないことに気がつく。
 野球少年の声もない。
 びょうびょうと空気の振動だけが川の上を移動していく。
 今夜はあつい風呂に入ろうと思う。

 

 

 

今週のお題「○○の秋」