南の島
南の島に行こうと思った。
南の島についてからは、空港で借りた原動機付き自転車に乗って移動した。
はじめて運転する乗り物だったので、間違いなく死ぬと思った。
ブレーキすると体が前につんのめるし、アクセルを開けると体が後ろに引っ張られて腕がびーんとなる。体のすぐ横を通り過ぎていく全ての車に悪意を感じた。景色を見ている余裕もなかった。
1時間ほど人気のない道を運転していると、だんだん体が慣れてきた。
アクセルを開けること、アクセルを戻すこと。ブレーキをかけること、足を地面につくこと。
ひとつひとつの動作に落ち着きが出てくる。そのうちまわりが見えてくる。
緑色にひかる丘の上に真っ黒な牛が集まっている。漫画みたいなまんまるな山がこちらに迫ってくるみたい。海はおどろくほど青くて広くてうつくしい。飛べない鳥が駆け足で道を横切る。手のひらサイズの蛾が顔面に飛んでくる。小さなワシが翼をいっぱいに広げて滑空していく。蝉の声がする山と、波の音がするマングローブとに挟まれた道を、鼻詰まりの排気音をさせた原付は、3日で500km走った。
最終日ともなると原付はすっかり体の一部になり、これにずっと乗っていたいなと思うようになった。
宿を出る時、原付にまたがった僕を見かけて、女将さんが事務所から駆けてきた。
顔中を笑顔にして「もう行くの!」と言った。「飛行機気をつけてね!」
口を大きく開けて笑って、手を振っていた。
ああ、この人は南の島だなあと思った。
飛行場までの道は尋常ではないくらいに晴れて、手も足も真っ赤に日焼けをした。
雨が降れば一瞬でびしょぬれになり、濡れた路面が怖くて仕方ないし、顔に虫が飛んで来るし、止まった時に転ぶこともあるし、事故を起こしたら大怪我をするし、日焼けもすごいし、追い越して行く車はおっかないし、荷物だってろくに積めないし、何より遅いけれど原付は、自転車よりほんの少しだけはやい速度で、風といっしょに進んでいく。
南の島の乗り物だと思っている。
今週のお題「わたしと乗り物」