いちごジュース

 

  むき出しの木と、煉瓦とが組み合わされた空間を、橙色に染めるひかり。
 前髪の濡れたウエイターが、カウンターに肘をついて、コーヒーを淹れている眼鏡の男性と、跡切れ跡切れの会話をする。
 見えないスピーカーから、甘い弦楽器の音色を混ぜた、歌がこぼれ落ちた。
 世界のあちこちで国を追われた人々が、移民となり粗末な住居で生活をしている。
 熱心に岡本太郎の話をしている、女性と空になったガラスと、女性と。
 注文を得る、そよ風みたいなウェイトレスに「いちごジュース」と告げる。
 スマートフォンで、石垣りんさんを読む。
石垣りん それでよい”
 たべものと同じ価格のいちごジュースにストローを差し甘い、錯覚をいただく。
 かたい壁に、白いペンでたくさんの祈りや、叫びが込められている。
「試練に耐えられますように、恋がささりますように、私がここにいますように」
 あたらしく入ってきた男性が、まったく目を閉じて、煙を上げている。
 ついで大きな声で、アイスコーヒーと、投げ出す。
 いちごジュースを飲み終えたとき、瞳やこころに映る、なんともないおしゃれなカフェを、
 戦場だと思う。
 生活が言葉を研いだとか、前髪を濡らしたいだとか。
 移民たちは哀しくはなく強いのだとか、誰がおしゃれとか、素朴な祈りとか。
 いちごジュースには全く関係がない。