おうちでフジロック

 夜勤に行く前に少し文章を書いておこうと思い、パソコンの電源を入れる。 
 OSが目を覚ましてデスクトップ画面が表示されると、なぜかわからないけれど退屈な気分が1割ほど増す。きっと同じ画面を何度も見すぎたせいだろう。
 パソコンはやがて人間の第2の出力系となって、インターネットが故郷だという人が生まれたら、全く新しいインターフェイスが全く新しい人類の五感になるのかもしれないな。その時にアナクロなデスクトップ画面は退屈を通り越して、腰の痛みや肩の痛みのように、生の実感にダイレクトに訴えかける邪魔くさくて大事なものになっていればいい。

 インターネットブラウザを立ち上げてYoutubeに接続しつつ居間にある冷蔵庫へ向かう。
 スイカバーを右手に、左手に秘蔵のシフォンケーキを携え、食いしん坊は無双。
 いつでも心を高揚させるスタイルは誰の中にでもあるってことがもっと見たい。そういうものをもっともっと知りたい。
 パソコンの前に戻ってきて、Youtubeを見ていると、関連動画の項目にフジロックライブ配信が表示される。もうそんな時期だった。もうそんな、と思いつつクリックしてみると、パンク・ロックを奏でているおっかない顔の外国の人が、何を言っているかさっぱりわからない言葉で、それでもビューティフルピーポーとか、マイプレジャーとか、アリガトとか、そんな言葉を届けと思って、言葉が通じなくても届けと思って壁にぶつけているから透過した言葉がしっかり分かる。分かるよ。分かる。彼らの音楽にはシリアスなメッセージがこめられているように思ったし、その次の出番の、七尾旅人さんが出てきた時はもっとよい。
 七尾旅人さんのことはよく知らないけれどサーカス・ナイトは青葉市子さんがカヴァーしていたのを何百回も聴いたくらいで、彼はライブの最後に歌っている。
 旅人さんはライブの途中でふらふらとステージの前の方に歩いていき、ステージにあぐらをかいて座り、それからちょっと横になって、立ち上がってからまたふらふらと客席の方に歩いていって、そのまま何故か柵をよじ登り観客の中に歩いて入っていく。ダイブをするというわけでもなく、必死な顔で盛り上げるわけでもなく、ふらふら入っていき、ふらふらしたまま観客に担ぎ上げられ、その段に至ってなんだか困った顔をしつつ歌を歌い続けるという、なんとものんびりした光景を見せてくれる。好きだなあと思う。旅人さんは歌いながら何故か観客のチューリップハットを取り上げて自らかぶり、そのままステージの方に押し流されて帰ってくるのだが、上手くステージに帰って来られず「気をつけて、足を持つと危ないよ」とぼんやりした声で言うからお客さんは普通にわははと笑った。それからなんとかステージに戻ってこれたんだけれど、持ち時間が2分余ってしまったから即興で何かやろうと言って、アドリブのピアノに乗せてさよならをするという、最後までそのままでいてくれる。それは胸のすくような気分のよいライブだったんだ。

 シャワーを浴びて、服を着替えて、それから僕は家を出る。
 今日の仕事も、たとえばライブのようなものではないだろうか。
 きもちのよい人間になろう。